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福岡高等裁判所 昭和54年(行コ)9号 判決

控訴人

富士興業株式会社

右代表者

米田祐成

右訴訟代理人

前野宗俊

外七名

被控訴人

福岡県知事

亀井光

右指定代理人

中野昌治

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四九年二月一四日付でなした代執行費用納付命令を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。〈以下、事実省略〉

理由

第一当裁判所は、控訴人の本件請求を棄却すべきであるとするものであつて、その事実認定及びこれに伴う判断は、次のとおり加え、改めるほか、原判決の理由説示(〈中略〉)と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決一八枚目―記録三九丁―裏五行目「国鉄から」の次に「控訴人に対し」を加える。

2  原判決二一枚目―記録四二丁―裏二行目から原判決二五枚目―記録四六丁―表一一行目までを次のとおり改める。

「本件においては、前叙1で説示したとおり、被控訴人は、昭和四八年一一月七日控訴人に対し履行期限を同年同月二五日とする戒告をなしたものの、控訴人がその指定の期限までに義務を履行しなかつたので、同年一二月一五日控訴人に対し代執行をなすべき時期を同年同月二〇日から同月三一日までとする代執行令書を交付したところ、控訴人から被控訴人に対し同月一九日付で本件物件を任意解体中である旨の通知がなされたが、本件行政代執行が着手された日の前日である同月二一日当時における旧富士ビルの未解体(未撤去)部分は延面積九七一平方メートルであり、また、原審証人山本春彦の供述によると、控訴人から右ビルの解体工事を請負つていた山彦産業は控訴人から行政代執行がなされるかもしれないから急いでその解体工事をするようにといわれていなかつたことが認められ、以上の事実関係に照らすと、控訴人が右ビルを解体してその敷地である本件土地を引き渡すべき義務を履行しても明け渡しの期限までに完了する見込みがないと認めるのが相当であり、右は行政代執行法二条所定の「義務者がこれを履行しない場合」に該当するというべきである。

3  次に、本件行政代執行が行政代執行法二条所定の「他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反するとき」の要件を具備していたか否かにつき判断する。

前叙説示の事実関係及び本件弁論の全趣旨によると、控訴人の本件明渡義務の履行を行政代執行以外の手段によつて確保することが困難であつたことは明らかであり、また、〈証拠〉によれば、起業者国鉄による岡山・博多間の新幹線建設の本件事業によつて輸送能力の増大、旅客サービスの向上、九州と東京、京阪神及び中国地方との間の時間短縮効果がもたらされ、本件事業はわが国の産業経済の発展に大いに貢献するものであることが認められるから、控訴人の前叙明渡義務の不履行を放置することは著しく公益に反するといわねばならない。

4 したがつて、本件行政代執行は行政代執行法二条所定の各要件を満たしているというべきである。しかし、同条所定の要件が具備され、具体的に戒告等の手続がなされていても、代執行を行うか否か、また、行う時期をいつにするかについては当該行政庁の裁量が認められているから、義務者において任意に履行する意思と能力が客観的に認められる場合に、当該行政庁があえて行政代執行の手続を進めることは、義務者による任意履行を原則とする法の趣旨に反してその裁量権の濫用となり、右代執行手続が違法となることもあると解される。そこで、本件において義務者たる控訴人に前叙明渡義務を任意に履行する意思と能力が客観的に認められたか否かにつき判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 控訴人は、本件明渡裁決に定められた明渡期限である昭和四八年一一月五日、山彦産業(代表者山本春彦)との間で旧富士ビル及び附属建物の撤去工事につき工期を同年一一月二〇日から同年一二月三〇日まで、代金を二六〇万円とし、そのほかに解体工事から生ずる鉄くずを山彦産業が取得する旨の請負契約を締結した。その際、山本春彦は、旧富士ビルの残坪数を正確に把握していなかつたが、解体工事から生ずる鉄骨等を約一五〇万円と評価していたので、これと請負代金との合計四一〇万円により右請負工事経費を賄えるものと見積つていた。

(2) 山彦産業は、前叙工事請負契約に定められた工事開始日から一六日遅れて同年一二月六日に工事を始め、同月二一日まではビルの諸施設を取り外す工事をしていたが、同月二二日本件行政代執行が着手されたため右撤去工事を中止し、それまでの工事代金として八九万一〇〇〇円を後日控訴人に請求した。山彦産業としては、諸施設の撤去が終れば一挙に建物を解体することも不可能ではなかつたが、右のような解体方法を採ると危険を伴うほかに工費が割高となり、解体により生ずる鉄骨等も損う結果を来すうえ、控訴人から本件代執行がなされるかもしれないので急いでその解体工事をするようにといわれていなかつたため、右のような解体方法を採らず、一般的な方法に従つてボルトを外して鉄骨を解体し、それらを再使用できるようにしていた。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

(二)  右(一)で認定した事実に前叙の本件行政代執行がなされるに至つた経緯、特に控訴人が本件明渡裁決で定められた明渡期限の昭和四八年一一月五日までに旧富士ビルの解体に着手しなかつたばかりか、本件戒告による履行期限である同月二五日においても同様であり、しかもその履行期限後の同月二七日に本件行政代執行の執行停止を申し立てていること、及び前叙一で説示したとおり控訴人が本件土地収用の補償額と駐車場用地の件につき国鉄に対し不満を有していたものと窺えることを併せ考えると、右(一)で認定したように控訴人が山彦産業との間に旧富士ビル及び附属建物の撤去工事についての請負契約を締結し、山彦産業が同年一二月六日から同工事に着手していたけれども、その工事の進捗状況等からみて、はたして控訴人に本件代執行をなすべき最終日である同年一二月三一日又はこれに近接する日までに前叙明渡義務を任意に履行する意思と能力があるかについて被控訴人が多大の疑問をいだいたのは無理からぬものというべく、未だもつて控訴人に右明渡義務を任意に履行する意思と能力があつたと客観的に認めることができない。なお、控訴人は、本件行政代執行の執行停止を申し立てざるを得なかつた事情として、字図の誤記及びその訂正の適法性の問題が未解決であつたことを挙げているが、右問題を控訴人において主観的に重大に感じていたとしても、客観的にはそれが重大な問題でなかつたことは後記三で説示するとおりである。

(三) さすれば、本件においては、義務者たる控訴人に前叙明渡義務を任意に履行する意思と能力があつたと客観的に認めることができないから、被控訴人がなした本件行政代執行手続の続行はその裁量権の濫用となるものではない。

5  してみると、本件行政代執行は行政代執行法二条の要件を充足する適法なものというべく、右代執行が同条所定の要件を欠く違法なものであることを前提に本件納付命令が違法であるとする控訴人の主張は、その余の点につき判断するまでもなく前提自体において採用することができない。」

3 〈略〉

4  〈略〉

第二よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は、理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)

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